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里圭子さん宅大護さんお借りしました!





いまでこそ可愛らしいハロウィンの仮装も、元々は有害な精霊や魔女から身を守るためのものだったというから面白い。浮かれた街の人々はその本来の意味をも忘れてしまっているようだが、それはそれで祭りの一興、長い歳月の間に捨て去られたのであれば所詮その程度のものなのだ。逆説的に考えるならばつまり、仮装という点で古き因習は残った。内側に何があろうとも、見目華やかなのはそれだけで素晴らしい価値があるからだ。

美しいものを良いとする思想は、どの時代で芽生えたものだったか。人々が美意識という崇高なる価値観を認知したのはいつごろか。長い時間を生きてくると、遠い過去の記憶を辿るのは難しい。それでもワタシは美しいものが好きだ。多くの人々も同じであろう。薄紫色の怪しい空を、オレンジ色の明かりを、華々しい人々の仮装を、忌々しいと突っぱねるほどワタシは無粋な人間ではないつもりだ。

だからワタシはハロウィンの夜に、きちんと仮装をして出かけた。普段は自身が着飾ることよりも、美しく着飾らせたものを観賞することを好むのだが、年に一度の祭りの日ぐらい、少し能動的になってもいいだろう。
燕尾服の裾を翻し、お気に入りのシルクハットをかぶって出かけたハロウィンの街は、思い描いた以上の輝きを放っていた。
素晴らしい、とワタシは思わず笑みを漏らす。あの妖艶な、輝ける月の色。まるで人の心をざわつかせる魔法のようではないか。思い思いの仮装で行き交う人々の心はその仮面で隠され、覗き知ることは勿論出来ない。街全体が怪しく彩られ、えも言われぬ雰囲気に包まれる。素晴らしい。今夜は、その一言に尽きる。

地面を見れば、石畳の通りに、月光に照らされたワタシの影がすらりと伸びていた。その黒を見るなり、この足の赴くままに、辺りを散策してみようか、という考えに取り憑かれる。これもハロウィンの魔女の誘引だろうか。
立ち止まり、ワタシはシルクハットのつばを少しつまんで考えた。しかし口もとにはゆるりと笑みが漏れる。それも一興。今夜はハロウィンだ。彼女がそれを望むなら、もちろん、それを拒むことはできない。

影がひっそりと延びる裏通りに、ワタシは吸い寄せられるようにして足を伸ばした。一歩足を踏み出すたび、不思議とまたその一歩先が魅力的に感じられる。静かな月夜にコツリコツリと、自分の足音だけが響く裏通り。薄暗く、立ちこめるのは、妖艶な、魅惑の香りだ。

ふいに赤い月が強く光を落とした。開けた場所に出たのである。辺りにあった影は消え、ワタシの影も消えていた。影を追うように地面を見つめていたワタシは、漸く視線を宙に漂わせ、それからそこに一軒の店を見つけた。その店の大きなガラス窓からは、月の光とはまた別の、美しい光が漏れていた。

「……」

密かに、小さく、息をのむ。
ああ、それがやはり、ハロウィンの魔女の導きであることは間違いなかった。
それでも心のなかで、ワタシはイタズラな彼女に感謝した。
ガラスの向こう、透明な壁を隔て、小さなソファーで丸くなって眠っていたのは、
青紫色の髪をした、小さくも美しい少女だった

小さなソファーとはいえど、さらに小さな彼女の身体にしてみれば十分なベッドになっていた。黒いソファーに身体を横たえ、紫色のクッションを枕に目を閉じている。眠っているのだ。その安らかな表情。オレンジ色のドレスに身を包んだ彼女の、愛らしいこと。

時が止まったように感じた。その繊細な姿と、怪しげでいて純真な、相反する美しさにただただ見惚れる。そろそろと近寄り、恐る恐る手を伸ばせば、その指は透明な壁に遮られた。忌々しい、と、ワタシはその夜初めて思った。ガラスに指を這わせ、その姿を見つめれば見つめるほど、たまらない気持ちになった。目を細め、その白い肌を眺めて、その音が聞こえないほど静かに息を吐くと、ワタシと彼女を隔てる透明な壁に、白く、吐いた息が跡を残した。

美しい。

衝動的にワタシは思う。彼女は美しい。幼さの残るその姿に見合わないほどの妖婉さ。鮮やかなドレス。黒いソファー。白い肌に、あの青紫色をした毛先の一本一本、そして耳を澄ませば聞こえてきそうな、小さな寝息まで。

彼女をまるごとそっくりワタシのものにしてしまおう。ふと頭をよぎる考え。一度そう思ってしまうと止められない。連れて帰り、もっと華やかに着飾らせ、こうやってガラスのショーケースに入れておこう。どんなに小さなほこりすらつかないように、誰一人としてその手で彼女にも触れられないように。

ふと、気づくと、彼女がその目をあけているのに気がついた。こちらをじっと見つめて動かない。警戒しているのだろうか。ゆるく微笑んで帽子を取り、軽く会釈する。小さな人形はあくびをしてから、ゆるゆると起き上がってソファーに腰掛けた。

「随分可愛らしいお人形ですねえ」
「お人形じゃないの。シシーよ」

ぽつりと呟いて、小さな少女はワタシをまじまじと見つめた。足の先から頭のてっぺんまで、遠慮というものも知らないその真っ直ぐな瞳で眺められるのはなかなか貴重な体験だ。ショーウィンドウに入っていながら、彼女はひどくゆったりした雰囲気でワタシを眺めた。

「あなたは?ヴァンパイア?シシーの血を吸うの?」

痛いのはイヤ、とつぶやいた彼女に思わず笑みが溢れる。痛いことなど致しませんよ。くすくすと笑って、面白い子だなと思う。

「君はいつもここに?」

つまり、ショーウィンドウの中に?、だ。観賞用の箱のなかに、四六時中?好きで入っているのですか?それとも、誰かの指示で? 聞きたいことは山ほどあったけれど、小さな少女にあれこれ詰問するのも無作法だ。

「いつもは夜はいないの。でも今夜はハロウィンだから。シシーはまだ仮装するもの決まってないの。いま兄さんがお洋服持ってくるから、待ってるの。ここで」

途切れ途切れの言葉を、ワタシは辛抱強く待った。そして帽子をかぶり直す頃には、彼女が人を待っているのだということがようやく分かる。なるほどなるほど。いい趣味をお持ちの兄上がいるようだ。

「兄さんとは仲良しですか?」

笑顔で尋ねたのに、彼女は無表情のまま小さく頷いた。あまり笑わない子なのだろう、逆にそれが、歳不相応の美しさにもなっていた。美しい。その一言につきる。ショーケースの中に収まる小さな姿。それそのものが、雰囲気的な、美しさを演出していた。

「そうだ、仮装するものが決まっていないというのなら、君に着てみてもらいたいものがあるのですが」

お気に入りのシルクハットも彼女の小さな頭にお行儀良く収まるサイズがあるし、ハロウィンの夜にふさわしい、オレンジ色のドレスもある。なにせワタシは人を着飾るのが好きなのだ。衣装にはもちろん事欠かないし、彼女のようなモデルなら当然それを着こなすことができるだろう。さっそく帽子を取り出してみせたところで、ショーケースの中の少女はソファーから降り、ガラスに手をついてワタシを眺めた。興味はあるらしい。浮かべた笑顔はそのままに、こっちへ来られませんか?と尋ねる。少女はしばらくあたりを見回して、ガラス側に背中を向けた。後ろの方にドアがあるのかと見ていたら、壁と壁の隙間から、男が一人顔を出した。ドアではなく、奥が見えないように壁が立てられているのだと、その時初めて気づいた。

「シシー、どうしたの?」

男が彼女をそっと抱き上げたのをみて、彼が少女の兄かと推測する。その証拠に、彼女の方は猫のように彼におとなしく抱かれて、ワタシの方を見た。男がその視線を追ってワタシを見つけたそのタイミングを見計らって軽く会釈すると、まったく失礼なことに、男は不機嫌そうに顔を歪めた。なおも笑顔を崩さないワタシに、小さな人形がつぶやく。

「あの知らない人、シシーのこと可愛いって」
「シシーは可愛いって毎日言ってるだろ?信じてなかったの? なあオイ、アンタ誰だ」

投げかけられた言葉に、軽く頭を下げて答える。ただの通りすがりの吸血鬼です。ハロウィンらしい粋な回答に、彼はまたあからさまに眉間に皺をよせた。

「彼女があまりにも愛らしかったのでね。ワタシは美しいものを愛でるのが趣味なのです。どうやらアナタも、同じ趣味をお持ちなのではとお見受けしましたが」

ちらりと彼の腕の中の飾り立てられた人形を見れば、彼もその意味を理解したらしかった。
彼の腕の中で、少女がワタシを見つめて言う。

「シシーにお洋服くれるって」
「仮装用のお洋服をお探しと聞いたので、」

さすがに彼女の瞳には彼もかなわないらしかった。一目見て、彼女の真っ直ぐな瞳だけで、彼が参ったのがすぐ分かった。

「でもシシー、」
「シシー、ほかのお洋服も着てみたい。ハロウィンだもの。いいでしょ兄さん」

ここぞという時に甘ったるい声を出すところを見ると、彼女もやはり見た目は美しい人形そのものでも、彼をたぶらかす魔女には違いないのだろう。その小さな体で兄を丸め込むその姿は、仮装が必要かどうかすら疑わしい。結局彼も、わかったよ、と溜息の混じったような声を吐き、観念した。

「わかったが、アンタはそこで見てろ。シシーに近づくな」
「ワタシは観賞専門です。見る以外に何をするっていうんです?」

くつくつと笑いながら皮肉を吐いて、彼の腕からゆっくりと丁寧に降ろされる少女を見つめた。彼女は床に降り立つと、またソファーの上によじ登り、ただじっとワタシを見て首を傾げる。

「やっぱりすこしくまが濃いわ。ヴァンパイアは皆そうなの?」

それはどうでしょう。ワタシは観賞専門で、観られることには慣れていないので。

「シシー、衣装はあの人に任せることにして、髪はどうする?オレンジとかがいいかな」
「白と紫がいい。魔法使いみたいになるの」
「かしこまりましたお姫様」

ショーウィンドウの中、小さな人形の手をとって、にわかにきびきび動き出した彼の背を眺めつつ、ワタシも満足気に微笑んだ。いつまでも突っ立てはいられない。早く帰って、彼女に合う衣装を取ってこよう。幸い家までそれほど遠くはない。あの人形がお気に召す、魔法使いのような衣装を。頭のなかに次々と衣装を思い浮かべながら、ワタシはするりと踵を返した。クローゼットの中には、彼女に着せたい服がたくさんある。

軽やかな足取りで再び石畳の夜道を歩き出したワタシの頭上、
輝くのはオレンジ色の満月、照らすのは怪しげな光。
今夜はハロウィンだ。
このまま行けば、あらゆる衣装を着た魔女が見られる日になるだろう。





ガラスの中の小さな魔女へ

( 美しいこの夜を君に )




***
里圭子さん宅大護さんお借りしました! ぎりぎりになってしまってごめんなさい〜!! ハロウィンの街を颯爽と歩いて、シシーを見つけてくれるであろう大護さん…きっとシシーも大護さんのヴァンパイアの仮装に興味津々で、お洋服着るのも首を縦に振ってくれるんだろうなあとおもいます! ”観賞専門”の大護さん、シシーにいっぱいかわいいお洋服着させてくれるんだろうな…!とにやにやしながら書いてました〜/// 大護さんお疲れ様でした! 里圭子さん素敵なお子さんをどうもありがとうございました! また機会がありましたら宜しくお願いします! ハッピーハロウィーン!!



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遅ればせながら感謝です!
素敵で楽しいハロウィンを有難う御座いました!シシーちゃんと我が子が絡んでるっ……!転さんと我が子がお話ししてるっ……!と感激しっぱなしでした!!
大護の設定的にどうなることやらとハラハラしていましたが、睡蓮様の文章の中でいきいきとハロウィンを楽しむ我が子が見られてとても嬉しかったです。
可愛い可愛いシシーちゃんを着せ替えてじっくり眺めて、大護はさぞご満悦だろうなと想像が膨らみました(笑)
ハロウィン当日にお菓子以上のものをいただけてとってもハッピーでした!お忙しいであろう中、素敵なハロウィンを有難う御座いました(´∀`)
お話しいただいていきます。こちらこそ、機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します!
里圭子 URL 1104 1347 ( Mon ) edit
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